ファウードでの決戦が終わり、穏やかな日々が過ぎていた。
ガッシュとティオはいつものように特訓していた。
その休憩の際に、ガッシュは清麿が死にかけた時の戦いの話をし、その時の気持ちを吐露した。
その夜、二人は別々の場所にいたが、全く偶然にふと同じ疑問が頭に浮かんだ。
そういえば、レイラはどうして………。
見 え な い 翼
仕事が休みの日に遊びに来て欲しいと恵に直接誘ってきたのはガッシュだった。珍しいと思いながら恵はその二日後にティオと共に高嶺宅に足を運んだ。
「ティオー、恵ー」
明るい声が空から降ってくる。二人が顔を上げると、清麿の部屋の窓からガッシュが体を乗り出し、大きく手を振っていた。隣で清麿も二人を見下ろしている。
恵とティオも手を振って答えた。ガッシュは「すぐ行くのだ!」と声をかけ、窓から消えた。ダダダダと云う音がした後、勢いよくドアが開かれる。
「いらっしゃいなのだ」
「こんにちは、ガッシュくん」
ガッシュの後から清麿も階段を下りてきている。
「ティオ」ガッシュは靴を履きながら「私は恵に聞きたいことがあるのだ。恵と出かけてもよいか?」
恵と二人で出掛けようとしているガッシュに、え、オレには出来ない話?と清麿はショックを受ける。
ティオも少し驚いたがすぐ頷いた。
「いいわよ。ちょうど私も清麿と話がしたかったの」
今度は恵の番だった。
ガッシュとティオはすれ違う。
ショックを受けつつ人間二人は顔を見合わせた。「何だろう?」「何かしら?」という少し哀しげな視線が交わされる。
魔物の子達は構わず、相手の手を取り歩き出した。ガッシュは家の外に、ティオは家の中に。
「行ってきますなのだ」
ガッシュに引っ張られるままに歩き出した恵も、とりあえず清麿に、
「えっと、また後でね、清麿くん」
「あ、うん」
同じくティオに引っ張られている清麿もそう答えた所で、ドアがぱたんと閉まった。
「はい、ガッシュくん」
目の前の客が超人気アイドルの大海恵とは気付かなかった屋台のお兄ちゃんから手渡されたビニール袋から、たこ焼きのパックを取り出し恵はひとつをガッシュに渡す。
もうひとパックは自分用だ。「ありがとうなのだ」とガッシュは両手で受け取った。
並んでベンチに腰掛け、パックの輪ゴムを外す。ふわっと暖かく香ばしいソースの匂いが食欲をそそった。ガッシュは早速そのひとつに爪楊枝を突き刺し、大きく開けた
口に放り込む。カリッとした外側を噛むと中味がトロリと口の中に広がった。その思わぬ熱さに慌てながらも咀嚼をする。トロリとした中に蛸の食感がアクセントをつける。
熱さを堪えて飲み込むと、恵が笑顔で先程購入していた缶ジュースを渡してくれた。ぐびっと飲むと、はあと人心地がついたようだ。
「大丈夫、ガッシュくん。火傷しなかった?」
「ウヌ、大丈夫なのだ。おいしいのだ」
そう云ってガッシュは次々と平らげていく。恵もはふはふと自分の分を食べていたが、結局半分近くはガッシュにあげてしまった。
「それでガッシュくん」空のパックを袋に戻しながら「話ってなぁに?」
「ウヌ――」
ガッシュは困った顔をみせた。それは話しにくいというよりは、どう話せば良いのか判らないといった感じだ。恵はガッシュが頭の中で纏めるまで黙って待つ。
しばらくしてから、ガッシュは顔を上げて恵を見、ようやく口を開いた。
「…私の本の持ち主は清麿なのだ」
「そうね」
恵は穏やかに同意する。
「清麿以外考えられないのだ」
「うん」
「それは、ティオやキャンチョメ、ウマゴン、他の者も同じだと思うのだ。ティオは恵、キャンチョメはフォルゴレ、ウマゴンはサンビーム殿ではないと嫌だと思うのだ」
「……そうね」
それは人間の方でも同じだ。お互い、強く相手を想っている。
「……レイラはそうではなかったのだろうか」
「え?」
ぽつりと呟かれたガッシュの言葉。拾えなかったわけではないが、予想外だった。
「レイラにも、千年前にはちゃんと本の持ち主がいたはずなのだ。しかしアルベールとパートナーになりたいとずっと思っていたのだ。レイラは千年前の持ち主と
仲良くなかったのであろうか?」
「それは…どうか判らないが、でもそうじゃなかったと思うが…」
清麿は困惑しながらもそう答えた。
「でも、アルベールとパートナーになろうと頑張ってたのよ。私だったら…恵以外の人がパートナーになるのはイヤ」
ベッドに腰掛けたティオは空のコップを握ったまま首を左右に振った。
「しかもあんな風に意識がないような人となんて、パートナーになりたいなんて絶対思えない」
レイラが解放されたアルベールと真のパートナーになれたのは、レイラが意識のないアルベールに根気よくずっと話しかけていたからだ。だから意識を取り戻した
アルベールとすぐに最大呪文を完璧にコントロールすることが出来た。
レイラが行ったことは正しい。しかしその正しいことを誰もが必ず出来るかと問われれば、それは難しいと返すほかない。まずは「この人とパートナーになりたいから、
意識を取り戻したい」と思うかどうかだ。
しかし千年前のパートナーが大好きで、今の意識がないパートナーは嫌だと思ったら、そうは思わない。
それなのに、レイラは何故話かけても話しかけても反応を示さないアルベールに辛抱強く訴えかけることが出来たのか。それが、判らない。
例えば前のパートナーとは仲良くなかったら。嫌な人間がパートナーだったら。「今度こそ」という気持ちになるかもしれない。でも、“仲間”だったあのレイラの前の
パートナーが悪い人だったとは思えないし思いたくない。
コップを握りつぶしそうなほどの力を込めて俯いているティオ。清麿は前髪をかきあげるように額に手をやった。
「まあ…レイラ以外の千年前の魔物もそう思ったんだろうな」
「…え?」
ティオが顔をあげると、清麿が椅子の上で優しく笑っていた。
「人間をただの本の持ち主としか思ってない魔物は、別にパートナーが変わっても何とも思わなかっただろうが、そうじゃない魔物は、今ティオが云ったみたいなことを
考えたんじゃないか?」
「今云ったこと?」
「そう。『千年前のパートナー以外は考えられない』」
清麿は穏やかにティオを見やる。
「でもね、そう思っても、もう前の持ち主は亡くなってるでしょう? どんなに望んだって無理なのよ、もう一度コンビを組むのは。強制的――無理やり従わされている新しい
本の持ち主しかいないのよ。だからね」
殆どの魔物の子は、その状況に諦めたんじゃないかと思うの、と恵は続けた。
「諦める…?」
ガッシュは恵の顔を見つめながら、彼女の言葉を繰り返した。
「そう。今の本の持ち主とは意思の疎通が出来ない、前の大好きだった持ち主は死んでもういない。だから、諦めた」
諦めて、何もしなかった。
「しかし、レイラは諦めなかった…」
後を続けたガッシュに恵は微笑んだ。
「そうよ。だってそれじゃあ寂しすぎるじゃない」
「ウヌ…」
「折角一緒にいるのに、折角パートナーになったのに、一人でいるのと変わらないなんて、とっても悲しいことだと思わない?」
ガッシュは想像してみる。もし清麿が自分と何も話してくれなかったら。全然一緒に遊んでくれなかったら。傍にいるのに、自分一人で戦っていたら。
「ウヌウ、そんなのはイヤなのだ…」
「…レイラも嫌だったんだと思う。二人でいるのに一人で戦ってるのと変わらないなんて、パートナーの意味がない」
千年前の魔物の敗因は人間と意思の疎通が出来なかったことだ。それはおそらく魔物達が思っている以上に決定的だ。
「ああ」清麿はふとあることを思い出した。「呪文に対するフラストレーションもあったんだろうな」
ティオは首を傾げた。「ふらすとれーしょん?」
聞き返されて、清麿は判りやすい単語に代える。「不満…だな」
「不満? 何が?」
「魔物の術って云うのは、オレたち本の持ち主が呪文を唱えると発動するよな。そこに役割分担がある。魔物は狙いを定める。人間が術の威力を調整する。魔物の強い
気持ちも威力に影響するが、大抵はオレたち人間の方がより多く負担しているんだ」
「そう…ね。人間の心の力をエネルギーにしてるんだもんね」
「ああ」清麿は頷く。「しかし、人間に意識がないとどうなるかと云ったら、術の威力も魔物が調整しなければならないんだ。これは結構大変だぞ」
「うん、判る」
「それにおそらく、術を出すタイミングもある」
「タイミング?」
「そう。私たちは『今』って思った瞬間に呪文を出すことが出来るでしょう? でも意識がなければその判断も出来ないのよ。呪文を出すタイミングも魔物の子が
決めてたと思うんだ」
「…そうするとどうなるのだ?」
恵は人差し指を立てる。
「魔物の子が『今』って思ったのを感じて人間が唱えるってことは、どうしてもそこにコンマ数秒、ほんの少しのズレがあったんじゃないかと私は思うの」
本当に僅かな時間。しかしそれが致命的になることもある。
「術に関して魔物の子が殆どを調整しなくちゃいけないから、狙いをつけることだけに集中できなくて、的も少しズレてたかもしれない。タイミングはズレる、狙いも外れる、
術の威力調整も完璧じゃない。それって結構もどかしかったんじゃないかしら」
「…ウヌウ…。なるほどのぅ…」
ガッシュは腕を組んだ。思い出したのはレイラのこと。まだアルベールの意識が戻っていなかった時、呪文を出した後で首を少し振っているのを見たことがあった。
それはもしかしたらそういった諸々の微妙なズレに納得できなかったからかもしれない。
「レイラの最大呪文は意識のない人間とでは難しい術だったのだ…」
沢山の三日月を瞬時に操る術。あれは一人では使いこなせない。阿吽の呼吸が出来るパートナーと共同ではないと。
だから、意識を取り戻したアルベールとあの最大呪文を操っている時、レイラはとても嬉しそうだった。
「あの呪文を…使いたかったのだな…」
「それもあるだろうが、一人で術をコントロールする寂しさもあったんだろう。術を出すたびに微妙に誤差が出る強度と精度に、『一人で術を出している』ということを
突きつけられて、やりきれなかったかもしれない」
「そっか……」
ティオはため息と共に吐き出した。
術についてなど考えもしなかった。パートナーと共に繰り出すのが当たり前のことだったのだ。その「当たり前のこと」が出来ない千年前の魔物たちは憤り嘆き悲しんだ
だろう。
「アルベールと一緒に…術を出したかったんだ…」
判る。その気持ちは本当によく判る。
「でも…偉いよね、レイラ。ずっとずっとアルベールに話しかけてたんでしょ。それに私たちと話した時も、前のパートナーの時のことは全然喋らなかったもんね。
アルベールしか見てなかった…」
私には出来ないかもしれない…と口の中で呟く。恵が大好きで、恵以外考えられなくて、だから意思の疎通が出来ない新しいパートナーに積極的に係わろうとは。
係わったとしても、レイラのように一所懸命にはならなかったかもしれない。苛立ち、嘆き、そのうち諦めた――。
「ティオ」清麿は優しく声をかける。「オレたちがリオウと戦った時、一度オレは死んだ」
「!」
ティオがきゅっと唇を噛んだ。ぴくりとも動かないボロボロの清麿を見たあの時の恐怖を思い出しそうになったのを、それで押し殺した。
「死ぬ直前にオレが考えていたことは」清麿は静かに続ける。「ガッシュが新しい本の持ち主と王を目指すことだ」
「ウ、ウヌ……」ガッシュは言葉に詰まったが、次の瞬間恵の腕を掴んだ。「何故なのだ? 何故そのようなことを云うのだ? ティオにとって恵はたった一人の大事な
本の持ち主なのだぞ!? 代わりはいないのだ!」
「でもね、ガッシュくん」恵は半泣きのガッシュの頭を撫でる。「この場合の話だと、私はもう死んでるのよ。ティオには何もしてあげられないの」
「それでも、ティオには恵しかいないのだ!」
自分には清麿しかいないように。
恵は少し困ったように笑いながら、ガッシュの頭を優しく撫で続けた。
「ティオがそういう風に思ってくれるのは、とても嬉しいわ。でもね、新しい本の持ち主が現れたら、その人とも仲良くして欲しいの。私と組んでた時と同じくらい、ううん、
それ以上に素敵なパートナーになって欲しいのよ」
「何で…なのだ…?」
涙を流すガッシュに、恵は明るく笑って、殊更軽い口調で答えた。
「だって、笑顔を見せないティオは嫌だもん」
「あ……」
ティオは霧が晴れた気がした。暖かい光が心に広がっていく。
清麿は続ける。
「ガッシュにはいつも元気でいて欲しいんだ。オレが死んで悲しく思うのは構わないが、いつまでもそれを引きずらないで欲しい。新しいパートナーがいるのに、『オレの方が
良かった』なんてことを思って欲しくないんだ」
「清麿……」
「どんなに祈ったところで、オレはもう戻ってこられない。だったら、新しいパートナーを受け入れて、王を目指して欲しい。それが、オレの望みだ」
死んだ自分に拘るよりは、新しいパートナーを受け入れて欲しい。
それが清麿が大好きだったガッシュのためであり。
ガッシュのパートナーだった清麿のため。
そして清麿は付け加えた。
「新しいパートナーが、例え意識のない人間であろうとも」
「だから…なのだな。それが判っていたから、レイラはアルベールの意識を取り戻そうと必死だったのだな」
恵は同意する代わりに微笑んで見せた。
「新しい本の持ち主と、自分の時と負けないくらい良いパートナーになることを、前の持ち主が望んでいると判っていたから、レイラは――」
アルベールと真のパートナーになろうとした。
「そうか…。そうだったのだな…」
恵は「多分、ね」と少し微笑んだ。
ガッシュは膝の上でぎゅっと拳を握り締める。
前のパートナーが嫌いだったからではない。
好きだったから、大好きだったから、だからこそ。
「判ったのだ」ガッシュは顔を上げた。「では、もし清麿がいなくなって新しい本の持ち主が現れたら、私はその人間と共に王を目指せば良いのだな」
私が笑っていることが、清麿の望みならば。
振り返っていても仕方がない。どんなに辛くとも、前を見れば、歩いていける。
「そうね」恵は空を見上げた。突風に髪が流され、表情を隠す。「多分それが、清麿くんや私たち、パートナーの願いだから」
どこからか飛んできた小さな白い羽が、二人の足元に舞い降りた。
家が見えたところで、ガッシュは走るスピードをあげた。それに付いて来れなかった恵を振り返り、駆け足を足踏みに代え叫ぶ。
「恵、早く早くなのだ」
「はいはい」
恵が後を追いかける。公園からずっと走り通しだが、まだまだ余裕がある辺り、自分の体力も上がったな、と恵は改めて気付いた。
「ただいまなのだー」
「ただいま」
清麿の部屋のドアを開けると、清麿とティオが振り返った。向かい合って手にトランプを持っている。二人の間に表にされたトランプが適当に重ねられている。
「お帰り」
「お帰りなさい。――清麿の番よ」
ティオが清麿にトランプを持つ手を差し出した。清麿はそこから一枚を抜き、自分の手持ちの札の一枚と合わせてぱさりと置く。ハートの6とスペードの6だ。
「ババ抜きをしておるのか?」
「そうよ」
ババ抜きは、今ティオのマイブームなのだ。
ティオは清麿の手にあるカードをじっくりと吟味している。「邪魔しないでよ」
見れば清麿の方にジョーカーがある。どのトランプに手をやってもポーカーフェイスの清麿。ティオは悩んだ末、「これ!」と三枚のうち一枚を引き抜いた。見事数字が書かれた
トランプを引き、ティオは「やった!」と手持ちと合わせて二枚を捨てる。残りは一枚。清麿が引いて終わりだ。ジョーカーは清麿の手元に残る。
「やっと勝ったわ!」
三連敗中だったティオはガッツポーズをした。
「次は私も交ぜて欲しいのだ」と手をあげようとして、ようやくガッシュは走って戻ってきた理由を思い出した。
「そうだ。お土産なのだ」
ずいとビニール袋を持った手を伸ばす。
「土産?」
ティオはトランプをかき集めているので、清麿が受け取る。緩く縛ってあった取っ手を解くと、ソースの食欲をそそる匂いが広がった。
「たこ焼きなのだ」
帰る前に屋台でもうひとつ購入したものだ。提案も会計も恵がしたことだが、ガッシュは大威張りで胸を張る。
「美味そうだな」
清麿は恵に視線を移す。「ありがとう」「いいえ」という会話が目で交わされる。
いい匂いにティオもトランプを纏める手を止め、清麿の手元を覗きこんだ。清麿はがさがさと袋から取り出す。
「ひとパック?」
ティオが恵を見ると、恵はティオの代わりにトランプをとんとんと揃えながら「もうすぐ夕飯でしょ」
それもそうか、と納得したティオは清麿の手の上のたこ焼きをひとつ爪楊枝で刺してあーんと食べる。熱々ではないが充分温かい。
「おいしーい」
ティオは幸せそうに口を動かしている。
「ガッシュは?」
「私たちは食べてきたのだ」
重ね重ね申し訳ない。清麿が恵に目をやると、「気にしないで」というようにウインクを返された。
「それでガッシュ」一個目を味わった後、清麿は「聞きたかったことを恵さんにきちんと話せたか?」
「ウヌ!」ガッシュは胸を叩く。「安心するのだ清麿。私はどんな時でも笑っているのだ」
「恵!」すかさずティオも「私も、いつでも元気でいるわ!」
いきなり何の話かと人間二人は顔を見合わせたことで、「あ」と悟った。二人はそれぞれのパートナーににっと笑ってみせた。
「忘れるなよ、ガッシュ」
「約束よ、ティオ」
それは彼らが魔界に帰った後にも有効だ。
「…やっぱり同じ話をしてたのね」
暗い道をコツコツと歩きながら、恵は口を開く。夜はまだまだ寒い。手を擦り合わせた。
「ティオの様子から、そうじゃないかなーとは思ってたんだけど」
今、傍にガッシュは当然、ティオもいない。夕食をご馳走になった後、恵が片づけを手伝っている間に眠ってしまったのだ。起こすのが可哀想だから今夜はウチに泊めると
華に云われたので、恵が一人で帰宅することになった。明日は学校がある。
「出した結論が同じで良かったよ」
ホッと息をつく清麿に、恵はフフと笑った。
暗い夜道を恵一人で帰らせるわけにはいかない。清麿は駅までの見送りを買って出た。
二人は並んで歩く。
「ガッシュくんにはああ云ったけど――その気持ちは嘘じゃないけど、ホントに新しい本の持ち主と最高のコンビネーションを発揮してたら、ちょっと悔しいだろうな」
恵は悪戯っ子のような顔でちろっと舌を出した。
「やっぱりティオのベストパートナーは私でいたいもの」
清麿は「ハハ」と笑った。「判るよ」
「想像すると、やっぱり少し切なくなるわ。私じゃない誰かがティオの隣にいて、私じゃない誰かとティオが一緒に戦って、私じゃない誰かが清麿くんたちと――」
コンビネーションで戦って―――。
チリリと胸の奥で感情が沸き立った。ティオの隣にいる新しい人物を想像した時よりもずっと顕著に現れた感情。それは「嫉妬」と呼ばれるものだと恵は認める。
千年後ならともかく、もし今パートナーが交代したらそうなってしまうのだ。自分のポジションに誰かが座る。男性ならともかく、自分と同じくらいの女の子だったら。
「それは…嫌だな」
清麿の台詞に恵はハッと顔を上げた。
「やっぱりティオのパートナーは恵さんがいい」
清麿がきっぱり云い切ったことに、恵は目を丸くした。そしてゆっくり笑って、
「私もよ。ガッシュくんのパートナーは清麿くんしかいない。だから」軽く睨みを効かす。「なるべく死なないような戦い方をしてね」
「ハイ、スイマセンでした…」
清麿の神妙な様子に、恵はフフと笑った。
お互いパートナーの魔物の子に云われたのだ。
病気や事故などはともかく、戦いで命を落とすようなことは絶対に(もう)させない。
パートナーの死という犠牲の上に成り立つ王などないから。
恵は空を見上げた。少しだけ欠けた月と星座を結ぶことも作り出すことも出来ない程まばらに星が浮かんでいる。
「……頑張りましょ」
「ああ」
どんな話でも最終的に行き着くのはそこだ。
しかし、その「頑張ること」にも終わりはやってくる。
王様候補、残り10名。
Fin
アップ直前に変更したこのタイトルに、意味は全く持ってありません! って云うか、後々別の話で「この曲名使いたかった!」ってことになりそうな。
元はレイラの話だったですが、まるごと書き直して赤朱の話になりました。あっはっはっはっは…………。
適当に書いたのだが、何だか私の創作も終わりが近付いてきたみたいな〆だなあ(笑)。